15.精神作用の自己創出レベル

神経段階の心の活動を精神作用と呼ぶなら、この精神作用も
生体段階、反照段階、自省段階、三つのレベルに分けることができる。


〈生体段階の精神作用〉は、複雑な生物の自己創出レベルに属するもので、
ここでこの精神作用は生体戦隊の代謝段階の心を生み出すさまざまプロセスと
かかわりあう。したがって生体段階の精神作用を、生体のホリスティックな
自己表現と対環境関係に欠くことのできない要素と見ることも可能だろう。
自己再提示に腐心する生体段階の精神作用は、芸術において大きな役割をはたす。
おそらくこれが、ユングの元型(アーキタイプ)のようなわれわれの世界像の
底流に潜む原初的イメージを、おとぎ話から高度の芸術表現にいたるまでの
さまざまな表現に変えているのだろう。


生体段階の心とともに、多くの世代をとおして運ばれる系統発生的情報に
新たなレベルが関与してくる。それは模倣による学習にもとづくもので、
生体間の直接的コミュニケーションに基礎を置いている。ある生体の自己表現、
たとえば親鳥の飛翔を見て、もうひとつの生体つまり雛鳥は、それを自分にも
直接体験できることとして自らの認識領域に取込む。後成的プロセスにならって
行動進化を決定する、環境との挑戦(チャレンジ)ー 応答(レスポンス)関係の
なかで、新しい学習のレベルが生まれるのだ。この新しいレベルは、
社会および社会生物進化のレベルと呼んでもいいだろう。


生体段階の精神作用とは対照的に、<反照段階の精神作用>は生体レベルと
重ならない、まったく新たな自己創出レベルを切開く。ここで、環境・生体間の
生態系関係では、残っていた内世界・外世界間の対称性も破れてしまう。
外界にモデルを積極的に投影していくことが、非平衡性を招くのだ。
また外界のイメージを作るうえでは、ある種の偏りがつねに存在する。
このように主観的姿勢がとられることは、われわれが感覚データを記録し、
処理するやり方を考えてみれば明らかだろう。脳は情報の一部を抽象化の段階で
切捨ててしまう。精神状況モデルでは、表現できない部分が消されるのだ。
言換えれば、新奇性が手に余る場合には、確立性が新奇性の犠牲のうえに増大していくのである。


内世界、外世界のフィードバック相互作用プロセスは、精神構造の創造的進化を導き出す。
われわれは「新しい目」で状況を見ることをおぼえ、それが自分たちの感情しだいで
変わりうることを知っている。この感情のもち方によって、われわれは環境、とくに
生命環境にさまざまな影響を与えもする。気分がよくて楽しければその幸福感は
伝染していく。現実は状況に対する精神的イメージによって変わりうるし、また状況は
このイメージを強く左右する。生体段階の精神作用では学習は模倣であったが、
もはやこの段階では創造的実験段階となる。「やりながら習う」のだ。
あるいはこれを内世界、外世界の相互進化と呼ぶことも可能だろう。


最後に<自生段階の精神作用>だが、これも新たな自己創出レベルをつくる。
このレベルでは、時間的経験に対称性の破れが起こる。散逸構造ではもとより
生体段階の精神作用でも、経験は物質/エネルギーシステムのプロセスに
結びついている。認識と代謝が一緒に進むわけだ。しかし反照段階の精神作用、
ひいては自省段階の精神作用になると、経験は広範に解き放たれていく。
生物進化で見られたように、過去の経験は現在に生かされるが、さらに新しく
生まれた<予想>の能力が、未来をも現在に生かす。現在を直接的に生きる経験の
中に過去と未来が包含されることで、現在の諸関係はとてつもなく豊穣になる。
精神構造のなかへ進化プロセスを凝縮してみることは、生命の力をひじょうに
強めることになるのである。


自省段階の精神作用が高度に発達すると、すでに生体段階の心が生み出す
自己表現でも見られた内世界の再提示だけでなく、外世界の象徴的再提示も
行われるようになる。こうして外世界ははじめて手に負えるものとなるのである。
当初は思考や理念や計画においてだけだが、そのうちには直接、物理的、
社会的現実に対しても操作が可能となる。そしてこの力を行使するものとして
技術(テクノロジー)が生まれる。物理的技術、社会的技術である。


現実の象徴的再提示をとおして新しく獲得された柔軟性が、未来の予想を
決定的なものにする。夢やビジョンから計画が生まれ、意志から目標が、
希望から創造的行為が、生まれ育っていく。自省段階の心が生まれると、
外界を再デザインしていくための自治は驚異的なまでに強化される。そして、
感情の生態(フィーリング・エコロジー)は理念の生態(アイデアエコロジー)に
育っていく。理念、計画、世界観、イデオロギーといったものに価値観や
価値観の全体系が加わり、交換をはじめる。そして新奇性の要素を豊富にもたらすようになる。