14.生体段階の心・反照段階の心・自省段階の心

 代謝段階の心と神経段階の心が出会うレベルを、〈生体段階の心〉(オーガニック・マインド)と
呼ぶことにすると、神経段階のコミュニケーションはまず第一に、進化の結果、より複雑化しつづけて
いく生体内の代謝プロセスの調整に腐心するものだ。生体段階の心には反照(リフレクト)機能がない。
それが示すのは純粋な自己表現(セルフ・エクスプレッション)である。―自己再提示(セルフ・
リプレゼンテイション)、あるいは自己提示(セルフ・プレゼンテイション)といった方が適切かも
しれない。通常「行動」と言われるものの多くは、遺伝情報に指示された機能の自動的発現であると
いうよりは、生体が全体として示す自己表現であると言うべきだろう。芸術は、人間の生の表現形態
としてはひじょうに高次のものと見なされる機能だが、その初源的なかたちは部分的にしろ、
確かにこの生体段階の心に見出されるのである。


 一方、〈反照段階の心〉(リフレクシブ・マインド)はこれと異なり、外世界を移しだして
内世界に再構築する働きをもつ。ここでつくられる鏡像は外部の単純な投影ではなく、
種々の感覚刺激のモザイクと、反照段階の心が試みに外部に投影するたたき台のモデルとの
交換プロセスをとおして現れるものである。反照段階の心のもっとも重要な特徴は、
〈統覚作用〉だろう。つまり、現実の代替モデルを形成する能力である。このどこか
後成的プロセスにも似た生体と環境間の交換をとおして、モデルはより現実的なものとなり、
さらには配置観(パースペクティブ)すなわちその場所・その空間の広がりのなかで関係を
眺めるといった学習による視点をも包含するようになる。他方、発現した現実のイメージは、
自発的で創造的な特徴を示すものだ。たとえばある形や色の強調であるとか、他形態との
ゲシュタルト的連想(月のウサギ、人体のような模様、特別な雲の格好など)、あるいは
モデルとくいちがう部分を目立たなくしてしまう効果などがここに見られる。


 〈自省段階の心〉(セルフ・リフレクシブマインド)は、さらに異なった働きをする。
それが積極的にデザインした環境モデルには、元来のシステム、つまり自分自身が描かれて
いるのだ。「自己」と呼ばれるシステムは、かくしてイメージの創造的な解釈と進化に
取り込まれることになる。環境との関係は完全に可塑的になり、創造的デザインの対象と
なっていく。自省段階の心とともにひじょうに本質的な作用が働きはじめる。
<予想>―受動的な意味では未来では期待し、経験を予想するという働きであり、
能動的ないし創造的(目標設定)な意味では未来を創造的にデザインする働きである。
ウォルター・フリーマンは、少なくとも受動的な面での予想はウサギにも見られることを
示した。受動的な予想の効果は、おそらくは生命のいたるところに見られるものだろう。
一方、能動的、創造的予想は、より高次に進化した動物にしか見られないようである。


 ここで情報の処理プロセスおよび組織化が、代謝プロセスのみならず直接の感覚刺激からも
独立するようになったことは、きわめて重要な点である。いまや自省段階の心は完全に解放され、
自らの進化を歩みはじめる。考えるのは「われわれ」ではなく、「それ」がわれわれのなかで
考えるのである。心はイメージの形成時だけでなく、外界の現実を積極的に変容させる際にも
創造的な役割をはたすようになる。自省段階の心がはたすこの役割は、人間社会において
完全に花開くといえるだろう。


 こうした動的観点によれば、社会や生態系や地球規模のガイアシステムといった生命の
マクロシステムにも心がある。たとえば昆虫社会は代謝段階の心によって組織化されている。
しかしこの心は、神経段階の心に比べればひじょうに緩慢な作用しかない。代謝段階の心が
つくりあげるゲシュタルトは、神経段階の心がつくるゲシュタルトとは別のレベルに属する。